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事務所紹介

事務所名 行政書士とみの法務事務所
所在地 福岡県北九州市小倉北区上富野五丁目8番14号
代表者 籾倉 源太 (モミクラ ゲンタ)
営業時間 朝9時から夜10時まで 年中無休で営業中です!
電話番号
携帯電話
登録番号 第12402012号
加入団体
  • 日本行政書士会連合会
  • 福岡県行政書士会 北九州東支部
  • NPO法人fas九州 活動会員
  • 行政書士民事法務研究会

事務所の地図

代表の顔写真

交通アクセス

・バスでお越しの方
 バス停、富野小学校前より徒歩約5分

・車でお越しの方
 都市高速 富野インターから約2分
 (駐車場もございます)

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主な業務対象エリア

・無料相談対応エリア
福岡市、北九州市、福岡県内全域
下関市、中津市など近隣地域

・業務対象エリア
福岡、山口、大分、佐賀、熊本等
主な業務対象エリアの地図

リンク

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事務所からのお知らせ

行政書士賠償責任補償制度のイメージ図
行政書士とみの法務事務所は万が一の場合にそなえ行政書士賠償責任補償制度に加入しております。

使用可能なクレジットカードのロゴ一覧
クレジットカードでのお支払いもご利用いただけます。

プロフィール

氏名 籾倉 源太(もみくら げんた)
血液型 O型
生年月日 昭和55年7月9日
干支・星座 さる年・カニ座
学歴
  • 北九州市立桜丘小学校
  • 北九州市立富野中学校
  • 福岡県立門司商業高等学校情報処理科
  • 日本文理大学工学部工業化学科
保有資格
  • 行政書士
  • 社会保険労務士試験合格
  • 日商簿記検定2級
  • 空手道初段
主な趣味 ペットの飼育、古い車、古いバイク、自転車、カメラ、漫画、読書、サバイバルゲーム、釣り、ダーツ、TVゲーム、アナログゲーム、ガンダム、お酒、雑貨屋さん巡り、色々な物の収集・コレクションなどなど

代表顔写真  プロフィールをご覧いただきありがとうございます。
行政書士とみの法務事務所代表の籾倉源太です。
 古い車を大切に維持し、ペットのウサギとカメと仲良く暮らす行政書士です。


行政書士を目指すきっかけ

 私はもともと店舗での接客、販売の仕事をしており、お客様の間違った法律知識での不当なクーリングオフの要求や無茶なクレームに対する知識として簡単な法律の勉強はしていましたが、その頃は「行政書士」という職業が存在することすら知りませんでした。

 ちょうどその頃、バイクに熱中していたのでゼファー750というバイクに乗っていました。ところが、2009年の冬に飛び出してきた猫を避けようとし転倒してしまいました。フロント周りやタンクが潰れてバイクは酷い状態ですし、私も右肩の肩鎖関節脱臼で長期の入院となってしまいました。
 その時にバイクの修理をお願いしたバイク屋さんが本当に親切に対応してくれ、少しでも修理代を安くするために、中古パーツをネットオークションで購入して持ってくるように言ってくれました。

士業イメージのイラスト  そこでネットオークションを始めたのですが、商品説明と違う酷い状態の商品が送られてきました。色々と調べると、まずは「内容証明郵便」を送り返金を求めるように書かれていましたが、当時は全く意味がわかりませんでした。
 「内容証明郵便」の書き方を調べていると「行政書士」という人が「内容証明郵便」を書いてくれるということがわかりました。

 結局このときは「内容証明郵便」を送ることなく無事に解決したのですが、この件がきっかけとなり、また入院中の暇つぶしも兼ね、本当に気軽な気持ちで趣味として「行政書士」の試験勉強をはじめました。ところが、勉強をはじめると法律の面白さにどっぷりとハマってしまい、いつしか開業を夢見るようになりました。

 勉強をはじめて約2年、2度目の試験の前に結婚を機に仕事を辞め大分県から地元北九州市に帰ることになりました。そのさいにタイミングよく無事に合格することができましたので、行政書士として開業することとなりました。

相続、遺言業務を主に取り扱うきっかけ

 私が行政書士試験の勉強をはじめてすぐの頃に、私の遠い親戚が亡くなりました。
 その親戚は近くに身寄りがいないらしく高齢でしたので、ずっと私の祖母が面倒を見ていたらしいのですが、その祖母も数年前に亡くなっていました。
 そこで、父と母が施設や病院の関係の手続などの面倒を見ていたそうです。
 ところが、認知症がすすみ色々と手続の手伝いをするにも難しくなり、施設の方のすすめで父を後見人とする手続を、紹介された専門家の先生と進めるため、通帳や印鑑などを引き渡した直後に亡くなったそうです。

男性が驚いているのイラスト  このとき、通帳には約1000万円ほど有ったそうです。しかし、名義人が亡くなったので、お金を引き出すことができません。施設の費用などは引落しになるから大丈夫との説明が有ったそうですが、結局はそれもだめだったそうで、施設の費用、医療費、葬儀代などでおよそ300万円弱を父が立て替えて支払ったそうです。
自信満々な人のイラスト

 ところが、父はその親戚の相続人ではなく、相続財産としてその費用を受取ることができませんので、立て替えた費用だけでも精算したいと施設から紹介された専門家の先生に依頼をしたそうです。

 数カ月後に戸籍の調査の結果、全くの音信不通ですがどうやら相続人が存在するので、手紙を出してみるとの連絡が有ったそうです。
 その後、1年たっても2年たってもその先生からはなんの連絡もありません。
 たまに事務所に電話をしてみても事務員さんが出て先生が事務所に戻り次第、連絡をすると言われるだけで連絡はこないそうです。

 結局3年が経過し、私が行政書士としていくつかの相続手続を経験した頃、両親からこの相続について色々と聞かれることが多くなりました。このときには、相続手続きのことがある程度は解るようになっていましたので、あまりにも依頼者を馬鹿にしているのではと本当に驚きました。

 依頼をして約3年半が経過したころ、少しキツメに電話をしたそうです。するとすぐに連絡があり、後日うかがって色々説明するとのことでした。
 私は予定があり立ち会えなかったのですが、これから家庭裁判所で色々と手続をはじめるので後日送られてくる委任状にサインをしてほしいとのことだったそうです。
 それからも途中経過の報告などはなく、未だに立て替えた費用は戻ってきていません。

 もう少し親身になってしっかりと手続を進めてくれたら、こんなに時間がかからないかもしれません。もしも時間がかかる手続でも途中経過の報告ぐらいはあっていいと思います。立て替えた費用も金融機関によっては事情を説明し領収書を提出すればその分だけは引き出してくれたかもしれません。そのような当たり前の法律手続以外の面からの解決策を最大限に検討してくれたのかなどなど色々と気になります。

 このような相続のさいの専門家に対する不満を試験勉強中から聞かされ、開業後も、「手続を頼んでいるけど放置されているのでは?」、「高額な見積をされたけど、その根拠を教えてくれない」、「解決したけど費用が思った以上に高く、それを相続人それぞれが請求された」、「説明されても難しくて全然わからない」などなど色々な不満や不安の声を耳にしました。

 このような経験から、法律的な手続であってもお客様から依頼を受けて行うからにはサービス業だとの思いを強め、「当たり前に適正な金額を事前に提示」、「できる限り迅速な手続き」、「わかりやすいレポートによる途中経過の報告」、「依頼者のことを第一に考え法律面以外からも解決策を探す」といったどなたでも安心して利用できる相続のサービスを、依頼者の視点に立ち提供できればとの思いで相続業務に力をいれて取り組んでおります。

 さらに、実はこの親戚の相続には遺言書も関わっていました。
遺言書を書いている所のイラスト  音信不通だが相続人がいることを知っていたからか、祖母に面倒をみてもらっていたからかは今となってはわかりませんが、所有する不動産を祖母に相続させると書いた遺言書を遺していたそうです。
 しかし、不動産は処分して現金化しており、祖母も先に亡くなっていましたので、有効な遺言書ではありませんでしが、しっかりと必要性を認識して遺していたと思います。
 ですので、事情が変わる都度、適切に書き換えていれば、このようなことにはならなかったのにと、本当に強く思いました。

 そこで、遺言書の必要性や、事前の準備で遺される方が本当に助かることを皆様に伝える活動に力をいれて取り組んでおります。
 さらに遺言書や離婚協議書など、その作成後に長期間効力があり、事情の変更も考慮する必要がある業務の場合は、万全のアフターフォローで事情の変更による書き換えに無料で対応するなど気軽に利用していただけるようなサービスを心がけております。

私の自己紹介

 ここでは、HPをご覧頂いた方に少しでも私のことをしっていただければと思い、簡単にではありますが私の子どもの頃からの生い立ちや趣味などを書いております。
 実際に生まれたのは広島県の福山市らしいのですが、1歳過ぎには北九州市の小倉北区上富野にいたそうですので、出身地は北九州と言うことにしております。

 桜ケ丘小学校で少年時代を過ごします。この頃に同じ校区内で徒歩数分ですが、赤坂というところに引っ越しました。海や川、山が近くにあり自然で遊べる環境の中、自転車で少し足を伸ばせば小倉駅周辺でも遊べるという立地条件で、自然の中で釣りなどをして遊ぶことはもちろん、こっそり自転車でゲームセンターなどにも通いよく怒られていました。
 この頃から、収集癖というかコレクション趣味があり、ビックリマンやキン消しなど駄菓子屋さんに売っているものから、観光地に売っているキーホルダーを沢山集めていました。その頃のコレクションのほとんどは今でも残っており懐かしい気持ちになります。

空手のイラスト  また、小学生の頃から色々な習い事も行っていました。一番長く続いたものは、空手で小学校に入学してすぐに通いはじめ、高校2年のときに初段を取り黒帯をもらうまで続けました。
 海水浴でゴムボートから落ちて溺れていたということがあり、スイミングスクールにも小学校入学前から中学生の頃まで通っていました。
 保育園から小学校の2年生頃までエレクトーンも習いましたが、結局楽譜もあまり読めるようにならず、音楽の才能の無さを痛感しました。

ゲームのイラスト  中学校は近所の富野中学校にかよっていました。活発に外で遊びまわっていた小学生時代とはちがい、ゲームボーイを手に入れたことからはじまったゲーム熱が、ゲーム用のテレビとスーパーファミコンを購入したことがきっかけでピークを迎えました。
 セガサターン、プレイステーションの発売もあり、集めるものの対象がほぼ全てTVゲームとなり、ほとんど勉強をせずにTVゲームに囲まれた生活を送っていました。この頃から購入するスピードに遊ぶことが追いつかず、今でも当時の封を開けてないゲームソフトが残っています。
 そんなゲーム三昧な中学生生活でしたので、PCに興味をもち高校は門司商業高校の情報処理科に進学しました。しかし、中学校時代と同様に全く勉強をしなかったため、成績は下から数えたほうが早いというような感じでした。

カードゲームのイラスト  そんな高校生時代に全く新しい形のゲームに出会いました。それは、当時大流行したMtGというアメリカのトレーディングカードゲームです。現在でも世界大会などが行われたり、プロプレイヤーがいたり、コレクションとして高額で取引されたりといったようにゲームとしてコレクションとして定着しております。
 集めたカードで対戦して遊ぶという内容にコレクターとして、ゲーム好きとして一瞬でハマってしまいました。このカードゲームはその後、個人輸入なども行いながら十数年間コレクションをつづけ、コレクター趣味が完全に開花するきっかけとなりました。
 また、同じ頃に熱帯魚にも興味を持ち、飼育を始めました。しかし到底お小遣いでやりくりできる範囲を超えてしまいましたので、アルバイトをはじめたのですが、働くことの大変さも身を持って知ることになりました。
 ありきたりですが、ギター、ベースにも挑戦しました。結果は、やはり全然ダメでした。

 商業高校でしたので卒業後は当然就職を考えていたのですが、アルバイトで働くことの大変さを知ったこと、パソコンを勉強するうちに理系へと興味がわいたこと、もともと自然が好きですので環境問題に興味が有ったことで、理系の特に環境系の大学への進学を考えるようになりました。
 そこで心を入れ替え猛勉強のすえ、日商簿記検定2級に学年で唯一の合格者となることができました。勉強のコツを掴んだのか成績も持ち直していましたので、推薦で大学入試を受けることができるようになりました。

 大学は環境の勉強もできるとのことで、大分県の日本文理大学工学部工業化学科に入学することにしました。このため、大分県で一人暮らしをすることになりましたが、大分県が本当に気に入り、その後十数年間も住み続けるとは夢にも思いませんでした。
パソコンのイラスト  大学時代はまた勉強をあまりしませんでしたが、パソコンには熱中し操作や組み立てなどひと通り色々とできるようになりました。
 その他、車、サバイバルゲーム、ルアー釣りなど色々な趣味にどっぷりと浸かりながら楽しく過ごしていました。一人暮らしということで、ペットを自由に飼える環境になりましたので、色々なペットの飼育もはじめました。
 また、学園祭の模擬店に仕入れや焼き方にこだわった地鶏の炭焼きを出店したところ、大変評判がよく数年間続け商売の楽しさにすっかり魅せられた経験が現在の自営業をはじめるきっかけなのかもしれません。

 卒業後は、そのまま大学で2年間ほど技術員という教授の手伝いなどをする仕事をし、その後いくつかの職を経験した後、店舗での接客、販売の仕事を長く続けました。
 社会人となっても引き続き趣味を楽しむ生活でしたが、役職がつき休みがなくなるにつれ、趣味も沢山のペットの飼育、ルアー釣り、ラジコンでのドリフト、MtGの大会参加などの実際に楽しむ趣味から、車やバイクの改造、MtGのコレクション、買い物という風に集める趣味へと変わって行きました。
 その後、結婚を機に北九州市へ帰り行政書士となりますが、引っ越しのさいにほとんどのコレクションを開業資金や生活費とするために手放し、自営業を行う覚悟を決めました。

 現在は、健康のための自転車、ブログなどで使用する写真のためのカメラ、勉強や娯楽のための読書、大切な車の維持などを趣味にし、ウサギとカメとの生活を楽しみつつ、少しでも皆様のお役に立てるよう、経営者として行政書士として日々研鑽を重ね業務に励んでおります。

お問い合わせは、093-234-1013まで。営業時間 9時から22時まで、年中無休、お問い合わせページヘのリンク

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